意味の違いを明確に指摘できる日本語教員もいました

大学生活をしていると実にさまざまなことがあります。大学には数名の外国人留学生が在籍しています。突然外国人留学生たちから、日本人のわたしに向かって質問されることがあります。「わたしは山田です」と「わたしが山田です」との、意味の違いを教えてください。質問されたわたしは、目を白黒させて、ろくな返答ができませんでした。わたしは日本語を母国語としているので、意味は100%わかっているつもりでした。ですが、ここまで、つきつめられると、返答に窮します。厳密な意味の違いを、外国人留学生たちに教えてあげることできないもどかしさを何度も味わいました。現在、日本や外国には、たくさんの日本語学校で働く日本語教員が活躍しています。「わたしは山田です」と「わたしが山田です」との、意味の違いを明確に指摘できる日本語教員もいました。外国で日本語を教えるということは、とても難しいことです。

日本語が話せるというだけでは日本語教員にはなれぬ

長期にわたる東南アジア旅行をしているあいだに、親しくなった現地の人たちから、こういう風に話しかけられたことがあります。あるゲストハウスで夕食をとっている時の会話です。「あなた、日本人に生まれて幸せですね。日本語が話せるから、日本語を教えることは簡単ですね」。わたしは、ふと首をかしげてしまいました。わたしは、いまだかつて日本語教員として、日本語学校などでアルバイトした経験はありません。東南アジア各地には、たくさんの日本語学校が設置されており、どの日本語学校でも日本語教員不足で悩んでいます。この夕食時の会話は、アルバイトのお誘いでした。わたしはじっくりと考えてから、結局お断りすることにしました。わたしには、外国人たちに、日本語を外国語として教える技術がまったくなかったからです。ただ日本語が話せるというだけでは日本語教員にはなれません。

日本語教員は分野別に個別の対応をする必要がある

日本人の日本語教員は無意識に日本語を身につけているということができます。実は、日本人が、外国人たちに、日本語を外国語として教える難しさはここにあります。日本人の感覚で、自分が分かっているから、外国人の学生たちも同じように理解してくれていると考えるのは間違っています。多くの場合では、外国人学生たちは、日本人が日本語を理解しているプロセスとは違うプロセスで日本語を習得し、それを理解しています。この点をしっかり認識しておかないと、外国人たちに日本語を教える資格はありません。外国の日本語学校で日本語教員として働く難しさは、この一点に集約されます。日本人が日本語をマスターするプロセスと、外国人たちが日本語を学習し、それをマスターするプロセスとの違いをしっかりと認識し、分野別に個別の対応をする必要があります。日本語文法も一つの分野です。